背景で主人公を知る  長嶋有「夕子ちゃんの近道」

一度単行本で読んで、文庫で読むとまた違った味わい。長嶋有の小説は読むごとにさまざまな味があるから困るぜ。


夕子ちゃんの近道 (講談社文庫)

夕子ちゃんの近道 (講談社文庫)


主人公はフラココ堂というアンティーク店で居候をはじめた。それ以外に最初から主人公について書かれることはほとんどない。おおまかな年齢(若くはない)と性別(男)くらいのものだ。話が進んでいっても、わからないままだ。


にもかかわらず、周りにいるひとたちは特に変だとは思わない。終盤にさしかかって名前を初めて知ったというくらいに主人公についてということを知ろうとはしないのだ。そのくせ大して重要でもないようなことについては熱く主人公と語ったりなんかする。


長嶋有の書く主人公はだいたいがやる気が見られない、あったとしてもそれが表出してはこない。そんな中でも今作は本当にやる気がない。それなのに、たまに氷山のように一部分だけ出てくる考えだとか思いだとかそういう類のものがぴたりとはまる、その感覚が沁みる。どうしてそれをさらりと出せるんだ。